クリーンアーキテクチャとは? 第2章

二つの価値のお話

■所感
なるほどねーとあたらめて考えさせられる内容だった。この本を読まなかったら、ソフトウェアとハードウェアって何が違うの?と聞かれても明確に答えられなかった気がする。ミドルウェアに関する言及はなかったが、ソフトとハードの中間とは何か、ミドルウェアって何?という問いに関して、今後は判断に困ることはない。

■内容について
この章は難解だった。何が言いたいのかを理解するのに2度読み直した。。英語の言い回しの問題なのかもしれないが、表題の二つの価値、の二つが何と何を指すのかが一読いただけでは理解できなかったのだ。

ソフトウェアは二つの価値を持っていて、一つが「振る舞い」。もう一つは「ソフトという特性」のようだ。

「エンジニアって、振る舞いを作ったり修正したりすることが自分の仕事だと思ってない?それは違うよ」

うん、わかる。自分の場合になってしまうが、正直、振る舞いを作っておけばいいと思っている。ただ、それはアーキテクチャがしっかりしていることが前提でのお話だ。逆にいえば、アーキが浸透した現場にいるといえる。当たり前のようにクリーンアーキテクチャの話が出るし、ビジネスロジックを中心とした考え方に即しているかは常に意識している。対して、設計思想がなんだかよくわからないものだったり、あやふやだったりすると、さすがに振る舞いづくりに集中することができない。その辺の線引きはさすがにできているつもりだけど、、、若いエンジニアにそれを求めるのはさすがに酷だろう。あまりにも現場状況の依存度が高すぎる。
言いたいことはわかるけど、下流はそんなもんでいいと思う。

ソフトウェアの特性については、言葉尻をとらえてみても、納得の一言だった。まぁ、気になる人は自分で調べるなり、本を買うなりして勉強してみるといいだろう。Robert C.Martinが何が言いたかったのか、自分から勉強しないとおそらく正確な意味が伝わらないと思うので。

まぁ、振る舞いほどに、ソフトウェアの特性は意識されていないのは間違いない。当たり前の話で、昨今のIT需要も相まってか、「プログラムの書き方」を教える学校のCMやら広告やらを、やたらと見かけることが多くなったのだから、仕方がないと思う。コーダーを量産しているんだから。

プログラムを書けるだけの人が使い物になるのかははなはだ疑問だが、もしかしたらコーダーがたくさん必要な現場もあるのかもしれない。ちょっと想像つかないが。。んん?やっぱりないのか?なんだかわからなくなってきたが、これは振る舞い以前の問題のような気もするので、いったん置いておこうか。。

未熟なのは時間が解決してくれる問題だから、伸びしろがある年齢の若者であれば、今後に期待して積極的に受け入れたいところだ。

いずれにせよ、著者としてはもう少しアーキテクチャに目を向けてほしいといったところか。

あとはまぁ、、、ずいぶんと好戦的な内容だなと感じた。

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